God bless you.

-io felicito.



 死に行く人間に罪などない
 何故なら死に行く人間が犯した罪は全て生き続けるものが背負わなければいけないからだ
 だから不条理なんて何もない
 そうやってひとつひとつ、罪はゆっくりとこの世界から消えていく。


- 16 -



 案内された小さな部屋は俺が子供の頃にも何回か通された部屋だった。
 あの時は友達と喧嘩した時だったりとか、物を隠しただとか、そんな小さなくだらないことが理由ではあったけれど。
 ゆっくりと中央の椅子に座る。神父さまは硝子越しに置かれた椅子に座った。
 
「さぁ、どうぞ」

 ふぅ、と大きく息を吐く。
 今日の懺悔は子供の頃の可愛い理由とはわけが違う。
 あの部屋にいた時の記憶が戻ってくる。
 灰色の壁、冷たい空気、伸ばされた手、低い声、そして
 
 ナイフの重み。

「――――――……俺は、」


 俺は、


『殺してやるよ』





 俺は、顔を上げた。




「人を殺しました」




 


 硝子越しに俺を見ていた神父さまの目が見開かれた。
 俺は気付かれないように唇を噛む。
 きっと神父さまは俺に絶望するだろう、失望するだろう、そんな思いを神父さまにだけはして欲しくなかった。
 自分が育てて来た子が人を殺しただなんて。
 教会の子ともあろう者が。
 神父さまは言葉を失っているようだ。当然だろうこんな人殺しにかける言葉なんて普通は見つからないはずだ。
 暫く考え込んでいるようだったが、やがて神父さまは席を立ち、部屋を出ていってしまった。
 俺ひとりが残された。
 もしかしたら他のシスターたちと相談しているのかもしれない。
 しかし神父さまは意外に早く戻ってきた。その手には何かが握られていた。
 神父さまは椅子に座ると、手に持っていたものをゆっくりとガラスの下から差し出した。

 それは一枚の新聞記事だった。


「これが、貴方だと言うのですか……?」


 神父さまは震えた声で俺へと問うた。
 俺はその新聞記事へと目を落とす。
 そこにはこう書かれてあった。


『男性の変死体見つかる。腹部を刺されており死後3日が経過していると見られる。
 現場の遺留品からこの男性は同性愛の異端者であったことが判明。犯人も同性愛者と見て警察は調べを進めている。
 尚犯人が身柄を拘束されれば宗教裁判にかけられることが決まっている』



 それは間違いなく俺のことだった。
 しかし新聞にまで載っているとは俺も有名になったものだ。(そんなことを言っている場合ではないのはわかっている)
 神父さまは俺に否定して欲しいというような顔をしているが、俺はゆっくりと頷き、間違いありませんと静かに答えた。
 絶望の色が神父さまに広がった。目線は下を向き、震える手で俺の前へと差し出された新聞記事をゆっくりとしまい込んだ。
 暫くの沈黙が訪れる。
 俺はその時の詳細を伝えようとは思わなかった。(人殺しの詳細なんて誰だって聞きたくないはずだ。俺だって聞きたくない)
 神父さまも暫く口を閉ざしていたが、やがてその沈黙は彼によって破られた。
 ゆっくりと、神父さまは口を開いた。


「もしかしたら、とは思っていたんです。その男性が見つかった場所は貴方が遊びに出て、そのままいなくなってしまった場所に近かったのですから」


 あぁ、そっか。
 確か俺は10歳の時遊びに出て、そしてあいつの家近くまで来た時に連れ去られたんだったか。
 その時はリィと一緒に遊んでいたはずだけど、丁度その時はぐれていたんだ。
 ここに来て断片的にその時の記憶が巻き戻されようとしていた。
 神父さまはまだ続ける。


「この5年間、リィも私も、シスターたちもずっと貴方を探していました。
 そして今貴方がここへ帰ってきてくれたことがとても嬉しい。
 しかし私には、貴方がこんなことをする人間とはとても思えないのです。貴方の5年間は、苦痛に満ちていたのではないのですか?
 貴方はその男性に、酷い仕打ちをされて来たのではないのですか?」

 神父さまはまるで懇願するように俺に言う。


「弁解をして下さい、ナーヴァ。
 本当はあの男性が全て悪かったのだと、自分は何も悪くないのだと、そう言って下さい。
 私は信じたくない。貴方が殺意を持って人を殺すことが信じられない。
 だからお願いです、弁解をして下さい……」 


 苦痛、か。
 あの5年間を苦痛という言葉で表現するとしたなら、そうなのかもしれない。
 生きた心地もしなかったしさっさと死んでしまえた方はどんなに楽だろうかと思ったことは数え切れない。
 数え切れないが、あいつに抱かれて数え切れない快感を覚えていたのも事実だった。
 弁解しようと思えばいくらでも出来るだろう。
 だけど俺は、そんなことで自分の罪がなくなるなんて思っていない。
 ゆっくりと口を開いた。





「……弁解は、出来ません。
 俺は確かに人を殺しました。それだけが事実です。
 例え俺がどんなにあの男から酷い仕打ちを受けていたとしても、俺の5年間が苦痛に満ちていたとしても、
 罪は、裁かれなければいけないものだと教わりました。
 だから、ごめんなさい神父さま。
 俺は罪人です。それだけが事実です、だから弁解は、出来ません」




 神父さまは俺の顔を見た。そして深いため息を漏らした。
 暫く神父さまは何も言わなかったが、やがて小さく、そうですかと答えた。
 
「最後に、もう一つだけ聞かせてください」


 神父さまは顔を上げた。俺は小さく頷いた。


「―――――……貴方は、リィを愛しているのですね」




 嗚呼、これこそ答えがはっきりしている。
 俺は今リィを愛している。
 これこそ弁解なんて出来るはずがない。
 俺はリィを愛して、後悔なんかしてない。


「……はい」


 小さくともはっきりと頷いた。











「……そうですか」
「ごめんなさい神父さま」
「何を謝ることがあるのです。よく私に打ち明けてくれました」

 神父さまはため息をついて、少し俺に微笑んでからゆっくりと立ち上がった。
 心なしか、いくらか声色が明るくなったような気がする。
 その明るくなった声色で、神父さまは俺にもう一度微笑んだ。

「懺悔は終わりです、ナーヴァ。貴方に伝えたいことがあるので、ついて来て下さい」

 言い終えると神父さまはすたすたと部屋を出ていってしまった。
 俺は慌てて立ち上がりその後を追う。
 神父さまは昔から歩くのが速かったが、変わっていなかった。小さい頃はついていくのに必死だったが、今でも少し歩調を速めないとついていけない。
 礼拝堂を抜け、裏庭へと出る。

 そこにいたのは数人の子供たちと、その中に混じって遊んでいるリィだった。





「―――――……神父としては自首を勧める立場ですが、
 自首してもどうせ宗教裁判にかけられることが決まっているのなら、出来るだけここにいて欲しい。
 罪だとは分かっています。しかし私の大いなる父はイエスと思っているように、私は貴方の父親であると思っています。
 警察に見つかるのも時間の問題だとは思いますが……

 ここで、リィと一緒にあの子供たちの面倒を見てはくれませんか?」





 俺は神父さまを見た。彼は優しく俺に微笑んでいた。
 次に遊んでいる子供たちを見た。年も服もバラバラだが、とても楽しそうに遊んでいる。
 リィと目が合った。
 立ち上がって俺に手を振った。ナーヴァもおいでよ、と楽しそうに笑っている。

 俺はもう一度神父さまを見た。そして小さく頷いた。
 


「今行くよ、リィ」


 俺は歩き出した。




 left : 1st January 2006

 止まっていた時間はいくらでも戻せる
 もう一度だけチャンスを下さい

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