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God bless you. -Vale 世界の果てへ行きます 貴方が俺を見つけることの出来ないように 貴方の温度だってパンの味だって大きな腕だって 全部振り払って逃げ切ってみせるさ どうかお願い捜さないで だけどひとつだけ我侭を叶えてくれるのなら どうか俺を忘れないで俺がいたこと心のどこかで覚えてて - 11 - 何かに急かされるようにしてベッドから起き上がった。 真っ先に床で寝ているリィを確認した。起きる気配はない。これから起こることも知らずに幸せそうに眠っている。 こいつが一旦寝たらなかなか起きないことを俺は知っている。 音を立てないようにベッドから立ち上がった。貧血気味の俺の視界は一瞬真っ暗になる。 足のふらつきを押さえながら窓へと向かった。カーテンを少しめくってみる。音を立てるくらいの大粒の雨がザァザァと降り続いていた。 まだ外は暗い。従ってこの部屋も暗いがそんなことはどうでもいい。 俺はもうここには、いられないから。 ベッドの横にリィが置いてくれた俺の着替えを1枚抜き取り、着替えた。 これはリィのものであったはずだけど、こればかりは頂戴することになりそうだ。 自分が着ていた服をベッドの上に置くと、俺は机へと向かった。この部屋にずっといるが、俺はリィがこの机に座ったのを見たことがなかった。 椅子をゆっくりと引き、腰掛けた。キ、と古びた椅子が少し軋む。 マッチを手に取り、火をつけた。それを置いてあるランプへと近づけ、火が移ったのを確認してからマッチを捨てた。 やわらかい灯りが部屋を照らしている。 俺はゆっくりと手を伸ばし、ペンを一本手に取った。 このペンを握るのも最初で最後になるだろう。そんなことを思いながら。 さらさらと紙の上をペンが滑っていく。 リィへ 自分が死んでしまいそうで怖い。 そう思っていたが、意外にもペンは迷うことなく進んでいった。震えてもいない。涙腺も滲んでは来ない。 あぁよかった。いつもの俺だ。 リィと出会う前の、世界の全てを疑っていた、あの日の俺だ。 ペンはまだ進んでいく。 お前がこれを読んでいる頃は、俺はもうここにはいないだろう。 あの日も、こんな雨が降っていたな。 どうやら俺は雨に好かれているらしい。お前とは雨の日に出会って、雨の日に別れることになりそうだ。 覚えているか、お前が俺をここに連れてきた日のことを。 あの日からもう1週間以上が経ってしまった。 俺はお前に会えるなんて思ってもみなかった。 俺は世界からとっくに忘れられた存在だと思っていたから。 だけどお前は、俺を助けてくれた。 ふと、ここでペンが止まった。 どうするべきか。ここでやめて、結んでも全然問題はなかった。 過去を隠すべきなのか。隠した方がリィに軽蔑されないまま出ていけるということは俺にもわかっていた。 ちらりと眠るリィに目を向けた。 ザァザァと煩い雨の音にも全く気付く様子はなく、幼い子供のように眠っている。 今ここで俺がペンを置いたらお前は怒るだろうか。 自然に口もとが緩んで笑顔になる。その寝顔を見ると、何もかもがどうでもいいものに思えてきた。 お前が笑ってくれるならそれでいい。 俺の右手はペンを置くことが出来なかった。 もう嘘をつきたくない。もう欺きたくない。 そんなのはもう沢山だった。 ペンは止まらない。 あの日、俺はお前にナイフを向けた。 裸足で、痩せていたはずだ。 お前は聞かなかったけど、今まで俺が何処にいて何をしていたのか知りたいだろう。 俺は監禁されていたんだ。 5年前、俺がお前の前から姿を消したその日に、俺は知らない男に連れて行かれた。 薄暗くて、窓もない部屋にずっと閉じ込められていたんだ。 そこで俺とそいつが何をしていたかわかるか? きっとお前にはわからないことだと思う。 俺はあの5年間、あの男に抱かれるためだけに生きていた。 自分でも思うが、俺の身体はもう限界なんだと思う。 あの部屋にいたときから思っていた。 5年間ずっと犯されて来た。1週間何も食べないこともあった。 ベッドだけじゃない、床の上でもやった。挙句立ったままやることもあった。 俺の身体はもう神に祝福されるものじゃないんだ。 お前といてやっとわかったよ。 俺は、ひとを殺しました。 ……パタッ。 ふと、ここまで書いたところで紙の上に雫が落ちた。 目元に手を当ててみると、濡れていた。 あぁ俺、泣いてるんだ。自分でも気付かないうちに涙が出ていた。 全然気付かなかったくせに、涙の存在に気付いてから何故か悲しくなってきた。 これは懺悔だ。小さな頃神父さまのところによくふざけて懺悔をしていたことを思い出す。 懺悔をしても罪が軽くなるわけじゃないと、そう思っていたけれど。 「……っ……」 涙が止まらない。思わずペンを置こうとした。だけどそれだけはやめた。今ここで置いてしまえば俺はきっともう何も書けなくなる。 書かなきゃいけない。きっとこれは絶対に書かなきゃいけない。 心が限界でもしなければいけないことはある。俺はペンを握りなおした。 右手はもう震えていたが、構わず書き進めた。 ずっと言えなかった。 俺がお前と出会えたのは、俺があの男を殺して逃げ出してきたからだ。 俺は誰にも会いたくなかったし、誰にも会わなかった。 だけどただひとり出会ったのがお前だったんだ。 お前は俺を助けてくれた。笑ってくれた。 もういいんだ。もう充分だ。 俺は充分、幸せだった。 歪んだ文字が並べられていく。字が下手だなと思う。それはそうだあの5年間何かを書くことなんて必要なかったんだから。 俺の手はまだ進んでいく。どうしても書きたいことがあった。 震える手でそれを書いて、最後に「Navale」とサインした。 ここでやっと俺はペンを置く。ランプの火を消し、手紙をランプの傍に置いた。 ふと何をするわけでもなしに、俺は引き出しに手を伸ばした。 鍵でもかかっているのだろうかと思ったが、その引き出しは簡単に開いた。 この軽さからしたらきっとここには何も入っていないのだろう。 と思っていたが、どこか一点に重みを感じる。 何だろうと思い俺はその引き出しを覗き込んでみた。 「…………あ」 それは少し懐かしいものだった。手を伸ばしてそれを掴んでみる。 見かけによらず重みがあって、少し光沢が鈍ったそれは、間違い無く俺があの部屋から持ってきたナイフだった。 こんなところに隠していたのか。 これは持っていこう。リィがこんなもの持っている必要なんてないのだから。 俺はそれを持って立ち上がった。鈍く光るナイフの刃に一粒、二粒と涙が落ちた。 そして振り返る。こんな雨の音にも全く気付かない様子で、リィは床の上でぐっすりと眠っている。 俺のために空けてくれたベッドに、人はいない。 足音を立てないように歩み寄ってみた。リィの枕元でしゃがみこむ。 短い髪、大きな目、少し日焼けした肌、大きな腕、そして俺と同じくらいの身長。 今俺はこいつを殺せるだろうか。 恐る恐るナイフを振り上げてみる。重みに耐える右腕が震えた。 カチカチと、歯が鳴った。 さぁ殺せよ。殺してみろよ。どこかで自分が囁いている。 こいつを殺してしまえば、お前を知っているヤツは誰ひとりいなくなる。殺してしまえばこんなに苦しむこともないんだ。 さぁ……――――― 『お前、まだ熱あるから』 『あーもう泣くな!』 『ずっと捜してた』 『お前に会えて、嬉しかったよ!』 「―――――――……っできねぇよ……」 ナイフは、降ろされた。 涙が、雨のように。 全部蘇る。 ただ一緒にいるだけで幸せだったほかには何もいらなかったこんな日々がずっと続けばいいと思った温かかった優しかった好きだった好きだった すきだった 「……っじゃぁな、リィ」 どうか元気で。 そして俺は立ち上がる。静かに足を進めてドアを開けた。 もう振り返らないように後ろ手にドアを閉めた。 俺はこれからお前の知らないところへ行く。 だから俺のことは捜さないで欲しい。 だけど、一つだけ我侭を言うとしたら俺のことは忘れないで欲しい。 心のどこかに、俺だけの場所を作って欲しい。 俺はずっと忘れない。 1週間幸せだった。 お前に会えて本当によかった。 ありがとう。 愛してる。 -Navale left : 6th September 2005 愛して愛されて ただそれだけで しあわせだと思える自分が next. |