God bless you.

-Vale



 愛されたくて吠えて愛されることに怯えて
 そんな矛盾を抱えたまま何処に行けるというのだろう そんな空っぽの心を抱えて
 誰にも愛されるわけないと自分を納得させてそれで話を完結させて
 その完結の続きをどうやって望む?


- 10 -


 俺がリィにあの雨の中助け出されてから一週間が経とうとしていた。
 その間に熱も大分下がったようだ。
 しかし内面からの熱は一向に下がる気配はなく、寧ろさらに大きくなっているような気がする。
 リィを見るだけで熱い。
 リィの声を聞くだけで熱い。
 気が狂ってしまいそうだった。

「……ほら、たまには何か食べないと死ぬぞ? お前」

 最近何も食べようとしない俺にリィが小さなパンを差し出す。(腹が減らねぇんだ仕方ないだろ)
 俺はベッドの上で座り込み、膝に顔を埋めたままちらりと横目でそれを追った。
 それを鼻であしらって視線を戻す。
 
「いらねぇ。お前が食べろよ」
「だから! 俺はいつも食べてるからいいんだよ、お前だよお前! お・ま・え!」
「………………」

 顔まで近づけて言われた。リィの目や表情が目の前に見える。
 大きな目、短い髪、その奥に見える純粋な思いが伝わってきて胸が少し痛くなる。俺は小さく舌打ちしてそのパンを受け取った。
 リィが満足そうに微笑む。
 この笑顔が見られるなら食べたくもないパンを無理して食べるのも悪くはないな、と思った。
 一口だけかじる。ふわふわとしたパンの食感が広がった。
 別にまずくはかったので(美味くもなかったが)その小さなパンは全部食べた。
 水も差し出されたので少しだけ飲んだ。

「お前、よくそれだけで持つな」
「お前の腹と一緒にすんな」

 わざと冷たく言ってみる。しかしその皮肉にも似た物言いにリィが機嫌を悪くしたことは一度もなかった。
 それ以上俺は何も言いたくなかったのでため息交じりに顔を膝に埋めた。
 と、その時どんどんと扉が鳴った。この部屋の扉ではない。恐らく玄関に来客だろう。
 リィが立ち上がった。

「珍しいな……神父さまかな?」
「ぜってー中に入れんなよ」
 
 はいはい……とリィが玄関へと向かった。
 客は絶対に中に入れるなとリィに言ってある。恐らく彼は俺の言うことを守ってくれている。
 俺だって長い間育ててくれた神父さまに会いたくないわけではないのだが、きっともうあの5年間の間に俺の身体は人間を拒絶するようになったのだろう。
 リィ以外の人間に会うなんて死んでも嫌だ。
 他の人間に会うくらいなら俺は死を選ばせてもらう。
 俺はベッドの上に座り込んだ姿勢のまま、リィが部屋に戻ってくるのを待った。


 もう1週間が過ぎようとしている。
 あの雨の日からもう1週間。
 早いものだ。あの部屋にいたときは1週間なんて長くて長くて仕方なかった。まるで時間がそこだけ止まっているかのように。
 そして同時に弱くなってしまったと感じる。
 あの時は笑わなくたって済んだ。一人でいる方がよかった(あの男の手から逃れるのだから)
 なのにどうして今は。
 不器用ながらも少し笑って見せたりリィの気を引いたりしている。
 人一人殺しといていい気なもんだな、おい。
 もう一人の自分がどこかでささやいている。
 あぁ、そうだなその通りだ。
 俺は目を閉じた。深い深いため息と一緒に。


「ただいま……」

 かちゃん、とドアが開く音がして俺は目を開けた。
 顔を上げるとリィが俺のいるベッドに向かって歩いてきていた。そしてため息と一緒に椅子に座る。
 顔を見てみれば何やら形容しがたい表情になっている。
 強いて言うなら悲しそうな顔だ。
 神父さまじゃなかったのか?

「何ため息ついてんだよ。神父さまじゃなかったのか?」
「いや、それがさ……」

 俺もよくわかんないんだけど、リィが困ったように頭を掻いた。


「なんか、ここらへんに殺人鬼が紛れ込んだって警察の人が来た」


 ―――――……!!

 頭を殴られたような衝撃と戦慄が一気に身体中を駆け巡る。
 まさか。
 ごくんと唾を呑み込んだ。手が震えている。頭の中は真っ白だった。何も考えられない。
 それでも沈黙を作ってはならないと思った。

「……その、殺人鬼ってのは……」

 動揺を押さえて、なるべく興味なさそうに演技をしながら言った。
 ダメだ悟られてはいけない。真相を掴まれなくても、少し疑われてしまえばもう終わりだ。俺の緊張は極限だった。
 しかしリィは俺の動揺には気づかなかった。俺の質問にさらりと答える。
 
「あぁ、なんか1週間前に隣町で男一人死んでたらしい。ナイフで一突きだってよ」

 物騒な世の中になったもんだよなー、とリィがため息交じりに言った。
 あぁ、リィ。
 それは俺だ。
 きっと俺のことを言ってるんだ。
 警察が俺の場所を奪いに来たんだよ。


「でもまだ犯人の特徴とかはまだわかんないんだってさ。まぁ目撃者いないらしいから仕方ないか……」


 特徴も何も。
 しかし目撃者がいないということは助かった。確かにあの日は誰にも会った覚えはなかったし(リィには会ったが)見つかることはないと思った。
 でもそれももう終わろうとしている。
 きっと警察はあの死体を発見したのだろう。俺が心臓にナイフを突き刺したあの死体を。
 真っ赤に染まった死体を。
 それならあの男が殺した女ももう見つかっているのかもしれない。その件に関しては俺は何の関係もないのだが。
 流石警察だ。だけど1週間も見つからなかったというのはある意味奇跡かもしれない。
 いや、でもどうして俺がこのあたりに逃げこんだと分かったのだろう。
 別に知りたくはないが。


「ナーヴァ、お前何か知ってる?」


 どくん、と心臓が鳴った。
 隠せるだろうか。動揺を見せるな普通に答えろ。もう一人の自分がささやく。
 
「……知らねぇ」

 それだけ言うのに精一杯だった。動揺を見られないために俯いて答えた。
 だよなーお前に聞いてもわかんないよな、とリィも言う。
 また嘘をついた。また俺は人を欺いた。
 だけど俺にはリィに本当のことを自分の口から言う勇気なんてなかった。
 そんなことしたら、
 そんなことしたら。

 リィが寂しそうに窓から見える景色を眺めながら呟いた。


「どうして人が人を殺すんだろうな」



 人は殺されるために生きてきたわけじゃないのにな。
 
 その言葉は俺の弱い心を変えるのには充分だった。



 もうリィとはいられない。
 一緒にいたらこいつまで危なくなる。
 人殺しに戻ろう。
 憎まれるべき人殺しに。


「……そうだな」


 その通りだよ。


 left : 26th August 2005

 やっと心が決まったよ
 ありがとう

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