「 虚 言 と 依 存 」





「……そこで何してんの」


 太陽が傾き始めた午後4時30分。
 冬の日没は早い。
 ひゅう、と吹いた冷たい風が私の髪と制服のスカートを揺らす。

 私が立っているのは線路のど真ん中。


「別に? 学校だりーし、ちょっと休憩してるだけー」


 そう答えたのはさっきからこの線路のど真ん中に寝転んでいる学ラン男。
 同じクラス15才。
 遅刻早退連続記録更新中。あ、不登校記録は5ヶ月でストップ。

 私の隣の席の奴。


「だったらそのまま電車に轢かれて死ねばいいのよあんたなんか」


 嗚呼太陽が傾き続けている。空がどんどん赤くなる。
 風も冷たくなっていく。冬の空気はいつも露点。水が落ちるように凍りつくように空気は冷えていく。
 私の心は融点に達することはない。


「んー、まぁ別に死んでもいいけどな」


 そう言ってごろんと線路の上で寝返りを打つ。私の顔も見ようともしないしまず身体を起こそうともしない。
 そのまま寝入って電車に轢かれて死んじまえ。
 私は心の中で悪態をつく。
 私はこいつが嫌いだった。頑張らない奴はみんな嫌いだ。
 

「でもあんたもそーやって優等生やってて疲れない? 聞いたよ中間の結果。1位だなんてすごいねー」
「黙れよ」


 思わず口をついてでた言葉に線路に寝転がっていた彼が首だけ持ち上げて私を見た。
 風が吹く。私の長い黒髪を揺らしていく。


「頑張りもしないくせに知ったような口聞かないで。人がどんな気持ちで1位とってんのかわかんの?」
「んー……」
「だからそうやって誤魔化そうとすんのやめてくれない? ハッキリしなさいよ男のくせにだらだらやっちゃってバッカじゃないの?」


 セーラー服が揺れている。太陽はどんどん沈んでいく。
 空はますます赤みを増して、私達を照らしていく。太陽に金色という色がつけられていく。
 大嫌い大嫌い大嫌い。
 あんたなんて大嫌い。


「あんたにとっちゃテストの点数なんてただの数字でしかないんだろーけど、あたしにはそれだけの価値があんのよ。
 世の中なんて数字が全てなんだよ。数字が取れなきゃこの日本で生きて行けないんだから」

「ふーん……」


 そこで彼は初めて身体を起こした。そして私は初めて彼の顔を見る。
 長めで少し茶色がかかった髪(どーせ染めてんだろ)、眠そうな顔、少し笑みの形に曲がった口。

 むかつく。


「でもさぁ、俺やりたいことないんだよね」


「そーゆー答えが一番ムカつくのよ。やりたいことないって言って逃げてるだけじゃん。今の日本そーゆー奴が多すぎなの。何よニートって。バッカみたい」


「はは、あんたらしいな」


「笑わないであたしはマジなんだから」



 風が吹く。私のスカートを揺らす。彼の髪を揺らす。街路樹を揺らす。
 金色を帯びた太陽は全てを平等に照らしてくれるけれど、人間の才能や実力まで平等に照らしてくれるわけじゃない。
 私には数字が全てだった。
 数字が取れなきゃ意味がない。数字が取れない奴は死ね。
 頑張らなきゃ意味がない。頑張らない奴は死ね。
 やりたいことがなくちゃ意味がない。やりたいことがない奴は死ね。
 今でもそう思う。



「……あんたさ、県トップの高校行くんだってな」

「そうよ。だから?」

「なんかやりたいこと、あんの?」

「あるわよ。でなきゃそんな高校行ったりなんかしないわ」

「ふぅん。何やりたいの?」

「あたしは外交官になるの。外務省に入ってこの国の外交を立て直してやんのよ」



 スケールでかいね、彼が笑った。
 私はニートや不登校が大嫌いだった。
 やりたいことがない、友達がいない、勉強できない、そういう理由で逃げてるだけじゃない。
 なんにも頑張ろうとしてないのによくそんな甘ったれたことが言えるわね。
 最悪よ。そういう人間ばっかりでこの国は本当にどうなってしまうんだろうと思う。

 今私の目の前にいる彼はその代表だった。







「でもさ。俺、あんたのこと好きだよ」

「おあいにくさま。あたしはあんたが大嫌いよ」







 そんな会話が繰り返されていく。
 彼が肯定すれば私はそれを否定する。
 彼の間違ったことを私が正していくの。



「あんたみたいな人がまだいるから、日本はきっと大丈夫だよ」

「知った風な口聞かないでよ。そーゆーあんたは日本を狂わせてくニートになんのよきっと」

「そうかもね」

「否定しなさいよ」

「できねーもん」

「じゃぁあんたはあたしが嫌いなニートになんのね」

「俺ひとり増えたってそんな変わんねーだろ」

「出来るならニートになる前に死んで欲しいものだわ」



 結局あんたって俺に死んで欲しいんだな。
 笑いながら彼が言った。
 当然じゃないあたしはあんたが嫌いなんだから。私はそう答えてやった。
 この制服着ていられるのも、学生でいられるのも10代のうちだけ。この制服は「自由」が形になったもの。
 受験して中学卒業して高校入って勉強して、それで高校も卒業して大学に入って、そして大学も卒業してしまったら私達は急に一人になってしまう。
 あとは自分で歩いていくしかないんだ。
 私はそこで負けたりなんかしない。いつか必ず訪れるその瞬間のために今頑張っているんだ。
 こいつみたいにやることもなくて勉強もしなくてただぶらぶらしてる奴はいつかきっと負けるんだ。
 そうなる前に死んでしまえばいいのに。



「まー、頑張りなよ。家帰ってからも勉強すんだろ?」

「当然でしょあんたじゃないもの」

「ははっ言えてる」

「そーゆーあんたもさっさと家に帰って勉強のひとつでもやってみれば?」

「めんどくせーもん」

「じゃぁ死ね」

「はいはい」



 私はずっと勉強していたおかげでテストは心配ないし、遅刻早退もせずに頑張って学校に来ていたから県トップの進学校の推薦も約束されてる。
 その高校に入ってまた頑張って、早稲田でも東大でも何処でも行って、将来は絶対に外務省に入ってやる。
 私はいつかこの国を支える人間の一人になってやるのだから、早めにニートや不登校の種は消しておきたいのだ。
 目指せニート撲滅。
 目指せ不登校全滅。
 言い分なんか聞いてやるものか頑張らなかったお前らが悪い。


 さっさと全員まとめて死ね。



「じゃぁあたし帰るから」

「あ、うん」

「ずーっとそこにいることねそして電車に轢かれて死ぬがいいわ」

「はいはい」

「明日あんたが学校にいたらあたしが殺してやる」

「じゃぁあんた刑務所行きじゃん。外務省無理だよ」

「大丈夫完全犯罪だから」



 そして私は鞄を掴んで歩き出す。
 もう真っ赤に染まってしまった太陽の光を浴びて。
 振り返るもんか。





「―――――――……なぁ、」





 足を止める。
 まだあたしに何か用があんのか。






「あんたさ、いーっつもそうやってボロボロになっても生きようとするんだな」













 ひゅう、風が吹いた。
 空は真っ赤だ。
 光も真っ赤だ。
 

 あたしの心もきっと真っ赤だ。





 くるりと振り返る。

 線路のど真ん中にセーラー服が仁王立ち。








「当たり前でしょ。あたしはいつだってボロボロで生きるんだよ」













 そしてまた歩き出す。
 今度こそもう振り返らない。

 真っ赤になりすぎて破裂した空は段々と暗くなっていく。
 真っ赤だった空はどんどん群青に染まっていく。




 虚言吐いてばかりでいつか虚言ばかりが全てになっても、それに依存しなければいいだけのこと。





 後ろで踏み切りの音が聞こえた。
 あーあ、あのまま死んじゃえばいいのにな。




 2005.11.5

 私が日々思っていることの塊を文にしてみました。
 極端な話こういうことになっちゃうんでしょうか…
 BGMは椎名林檎「勝訴ストリップ」より「虚言症」でよろしくお願いします。
 線路上に寝転んでみたりしなーいでー♪
 あぁでも書いてて楽しかったです。10代を生きる優等生とニート予備軍の生きる姿ですね笑
 こういう2人がいつか結婚しそうな気もするけどな。
 とりあえず明日が模試なのでこんなものを書いている場合ではないのですが極端な話死