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God bless you. -Vale. 俺がいない間に世界は変わりすぎてて 時間が止まったように佇む俺は置いてけぼり 流れるように進んでいく時間の中で俺だけが動けない そうだよどうせお前も俺を置いていくんだ たった一歩を踏み出すことがこんなに難しいなんて 思わなかったよ。 - 9 - 「そう言えば、何でお前ここに住んでんの? 教会にいたんじゃ……」 「あぁ、」 水を飲んでいたリィに聞いた。 彼はその水を飲み干してからさほど気にしてないように答える。 「自活してんだ。あんまりいつまでも教会にいすぎると悪いだろ? もう15なんだしさ」 自分のことくらいは自分で出来るし。まぁ生活費くらいはちょっと出してもらってんだけど。 リィはそう答えた。俺は少し驚いた。「……ふーん」と適当に相槌を打ってみたが、その先に続く言葉が見つからない。 俺の中のリィはまだ10才で止まっている。あんな幼かったリィがここまで成長しているのも驚きだったが、 『もう15なんだしさ』 そうか、俺もう15なんだな。あの部屋にいたときは15か16になっているだろうと適当に思っていたが、時間は確かに進んでいたのだ。 俺たちには親がいない。俺たちを産んですぐに死んだか、他に男を作って出ていったか、そんなことはここでは日常茶飯事。 だから俺もリィもこの近くの教会に預けられていた。 最初に出会ったのはまだ記憶も追いつかない幼い頃で、気がついたらこいつがいた。 それくらいに近い存在だった。 10才の時に俺がこいつの前から姿を消すまでは。 そして時間は簡単に過ぎていった。俺を置いてどこまでも。 俺の中の教会での記憶は10才で止まったまま。まだ幼い俺とリィが無邪気に遊んでいる、そんな時代。 もう過ぎてしまった時代。 「なぁ、」 リィが「ん?」と顔を上げた。 いつもの笑顔で。 俺はこの先の台詞を言うのを少し躊躇う。 「……俺のこと、覚えててくれた?」 今まで、俺がお前の前から消えた日から。 怖かった。自分がただ忘れられていく存在になっていくのがただ怖かった。 誰にも会わずに生きてきたあの5年間はあまりにも大きすぎた。 きっとリィも俺のことを忘れているのだろうと、あの部屋にいたときはそう思っていた。 どうせ忘れられる存在なのだからそれもいいと思っていた。 だけど、 「俺のこと、忘れてなかった……?」 忘れられていくことがこんなにも、こんなにも怖いものだとは 思わなかった。 リィは戸惑ったように、言葉を選んでいるように俺を見ている。 俺はリィの目をじっと見た。それは俺にとっての苦痛だった。だけど見た。見なければいけないような気がしていた。 リィはしばらく答えない。視線を上に向けたり窓に向けたり手元のコップに向けたりして、言葉を選びながら戸惑っている様子だ。 また難しい質問をしてしまったと少し後悔した。 だけどその答えを聞きたかった。 リィは黙っていたが、その表情に悲しげな笑みを含ませて俺をまっすぐに見て答えた。 「ずっと捜してた」 お前がいなくなったあの日。 「ひょっとしたら襲われたじゃないかって。あの時通り魔うろついてたからな」 リィはまだ続ける。 「神父さまとかにも連絡して、みんなで捜した。眠れなかったよ、お前が心配で」 結局お前は、見つからなかったけどな。 コップに視線を落としてため息をひとつ。遠いあの日の記憶は今でも鮮明に蘇ってくるのだろう。 信じられなかった。自分で聞いておいて信じることが出来なかった。 俺はリィから視線を外した。視点が定まらない。つながる言葉も見つからない。俺は無理に笑顔を作ってみた。 嘘だ。そんなこと。 5年も経てば忘れてしまうことだってある。その中に確実に自分は入っているはずだ。入っていなければならないのに。 どうでもいい人間のことなんか忘れてしまわないといつか頭はパンクするのに。 5年も前に姿を消した俺の存在なんて「どうでもいい存在」でしかないのに。 嘘だろ、と自分で否定する前にリィが言った。 「嘘じゃないよ」 俺は顔を上げた。 リィはまっすぐに俺を見ていた。 「嘘じゃない」 もう一度言った。 俺は返す言葉がやはり見つからなかった。何と言えばいいのだろう? わからない。 というかその前に自分の中に渦巻く感情の正体がわからなかった。それは嬉しくもあり、同時に不安や恐怖でもあったのだ。 これは何だ? わからない。 リィはまだ俺を見ている。まっすぐに俺を捉えている。 そしてまた別の感情が渦を巻く。心臓が高鳴る。 やっとのことで俺は口を開いた。 「……そ、か……、ごめん。なんか、心配かけたみたいで……」 「うん、すごく心配したよ」 「ごめん、……ありがとう」 「ううん。正直お前とまた会えるなんて思ってもみなかった。俺も半分諦めてたし」 最悪のことも有り得ると思っててさ。リィが付け加えた。 それはつまり俺がすでに死んでいるということだろう。案外それは間違ってはいないのかもしれない。 リィの知っている10才の時の俺は、確かにもう死んでいるからだ。 「……それ、多分合ってる」 「…え?」 戸惑うリィの表情が横目に見えた。彼の手に握られたコップが傾いてキラリと光った。 俺はリィを見なかった。自分の手元や足元に目を落としていた。 「だから、10才の時の俺はもう死んだってこと」 わざと明るい口調で、大して気にも留めていないように言った。 こんなこと自分には何の意味もない。だけど知って欲しかった。 「俺、5年前とは違うんだよ」 人殺しだってこと。 男に犯されて無様に足開いてイッて、人を殺してここまで帰ってきたってこと。 あの時とは、全然違うってこと。 リィは答えない。 答えられないのかもしれない。 だけどそれでよかった。 俺は吹っ切れたように笑ってみせた。笑って、嘲るような目でリィを見た。 リィは目を逸らした。俺は鼻で笑った。 ほら、だから人なんて信用できない。少し本音を出せばすぐに関係は崩れていってしまう。もちろん俺とリィとの関係だって。 きっともう壊れる。 それでいいと思った。どうせ俺とリィじゃつり合わない。 人殺しは善良な人間と一緒には生きられない。 そして、耐えかねたようにリィが顔を上げ、その両手を伸ばして俺の肩を掴んだ。 その両手の感覚に心臓が跳ねた。顔がかっと熱くなるのがわかった。 そのままリィは強引に俺の身体を自分の方に向かせる。腰が少し痛かった。 「……っどうしてそんな風に言うんだ! 人は変わらないと生きていけない、変わることの何が悪い? 俺は今のお前だって……!」 「―――――……黙れッ!!」 その手を強引に振り払う。こんなに力が残っているなら今すぐにでもこの家から逃げられるじゃないか。そう自分でも思った。 俺はリィを睨んだ。もうその先は聞きたくなかった。 心配しているとか、友達だとか、そんな綺麗事はもう沢山だ。 そう思ってくれていたのなら、どうしてあの時、どうして自分を 助けてくれなかった? 「ッお前に何がわかる! 俺が5年間どんな気持ちで生きてきたのかわかるのかよ! だったら何で俺を助けてくれなかった! どうしてあの場所から連れ出してくれなかった! そんな綺麗事はもう沢山だッ!!」 あの5年間、今までどれだけの綺麗事に騙されていたのか思い知らされた。 愛とか友情だとか、そんなものは始めからないんだと。 みんな嘘吐きなんだと。 リィは俺に手を伸ばしかけてやめた。それはきっと俺がすごい勢いで睨みつけていたからなんだと思う。 しばらく宙をさまよっていたリィの手がやがて、力無く彼の膝に落ちていったのを見た。 「……お前がそう言うなら、そうなんだろうな」 そう一人呟いてリィは立ち上がった。 その姿をちらりと横目で見る。水差しとグラスを持って出て行くつもりらしかった。 さっさと行っちまえ。そう思った。 しかしリィはドアの前で立ち止まったまま出て行こうとしない。小さなため息が落ちる音がここまで微かに聞こえた。 「熱、早く下がればいいな」 ぱたん、とドアが閉じられた。 途端に部屋がしん、と静まる。 心臓の音は止まない。鼓動が全身に伝わってくる。 「……っ治まれよ……」 心臓のあたりをぎゅっと押さえた。意識に反するこの感覚と鼓動は、きっとそういうことなのだろう。 「ちくしょう……」 そろそろ限界だ。 俺はきっと、リィが好きなんだ。 left : 6th August 2005 人を愛することにどれほどの価値があるのだろう どれだけ自分を捧げれば 振り向いてくれるのだろう next. |